近くで製造業を営む事業者から、従業員のための駐車場として、工場に隣接する農地を貸して欲しいと言われました。現在、その農地は農地として使っていないため、お貸しすることで話がまとまりました。
しかし、登記簿上の名義人である父が亡くなった後、きちんとした相続手続きを行っておらず、相続登記も未了のままでした。また、この農地には抵当権が設定されていることが分かりました。
今後、農地転用手続きを迅速に進めていきたいのですが、どうすればよいのでしょうか。
農地転用の申請は、貸主(設定人)と借主(被設定人)との共同申請になりますが、当然、申請者の一方である貸主は、申請農地を処分する権限を持つ者でなければなりません。
貸主側に相続が発生し、登記簿上の名義人と申請者(所有者)が一致していない場合、相続登記を完了したうえで農地転用手続きを進めるのが原則です。遺産分割協議が済んでいる場合、遺言による指定がある場合には、相続登記をする準備が整っているといえます。
ただし、相続登記が済んでいない場合でも、遺産分割協議書と被相続人・相続人全員の戸籍謄本、そして相続関係説明図の提出でこれに替えることもできます。つまり、相続関係が確定していることを証明できる書類があれば、必ずしも相続登記が求められるわけではありません。
抵当権については、抹消できるのであればすぐに抹消しましょう。抹消できない場合、法律上、申請ができないわけではありませんが、抵当権者の承諾を得ているかどうかの確認を求められることがあります。
農地転用と相続手続きについて解説
ご相談くださいまして誠にありがとうございます。
それでは、農地転用の前提としての相続手続きと、土地に抵当権等が設定されている場合の対処法について、少し詳しくご説明させてください。
農地転用の申請にあたっては、実際の所有者(相続人)と登記簿上の名義人が一致しているかどうかが確認されます。そのため、登記簿上の名義人がすでにお亡くなりになっている場合、遺言や遺産分割協議により、相続人が確定していなければなりません。農地転用に先立って相続登記を済ませておくことができれば理想的です。
遺言によるものは別として、相続登記を申請するためには、法定相続人全員による遺産分割協議を経て、遺産分割協議書を作成しなければなりません。遺産分割が成立すれば、申請農地は特定の相続人の単有となります。
1つの土地に1つの所有権があるという状況は、法的な安定を及ぼすことになります。従って、農地転用の手続きもスムーズに進めていくことが可能になります。相続人の間で協議が成立するのであれば、この方法をとるのがベストだと考えます。
土地が共有のままでも農地転用はできるのか?
一方、有効な遺産分割協議がなされない場合、その土地は法定相続人全員の共有になります。相続登記をしない場合、その土地は法定相続人である共有者が、同じ割合で持分を持つことになります。
土地を共有するデメリットは、時間の経過とともに2次相続・3次相続が起こってしまうことです。そうすると、共有者の数が増えてしまい、土地に変更を加えたり、処分をしたりすることが難しくなってしまうことになります。
なぜかといえば、農地転用のような土地の区画形質の変更は、共有者全員の同意がないとできないからです。共有者が増えれば増えるほど手続きは困難になってしまうのです。
もちろん、共有のままで農地転用を進めることもまったくでいきないわけではありません。共有者全員の同意があれば、共有する土地の形質の変更(農地転用)は可能であるからです。
この場合、共有のまま、法定相続分による相続登記を行い、そのうえで農地転用の申請をすることも可能です。また、所有者全員が申請者となることで、相続登記をしなくても農地転用の手続きを進めることができます。
相続手続きはどのように進めていけばよいのか?
ところで、相続登記を含めた相続手続きは、どのように進めていけばよいのでしょうか。お客様ご自身ですべての手続きを進めていくことは可能なのでしょうか。
結論からいえば、「時間をかければやれないことはない」という回答になろうかと思います。相続手続きは、一般に、次のような流れに沿って行うことになります。
- 相続人の確定
被相続人の戸籍、相続人の戸籍を収集し、法定相続人の範囲を確定する - 相続財産の確定
固定資産評価証明書(名寄帳)、金融機関の残高証明書で、相続財産の価格を確定する - 遺産分割協議
相続人の間で相続財産の分け方を話し合い、遺産分割協議書を作成する - 財産の分配
相続登記、金融機関の手続きをおこなうことで、相続財産を相続人に移転させる
私がお手伝いできるのは、4の相続登記以外の部分になりますので、予めご了承ください。なお、相続登記ですが、来年(令和6年)4月から義務化となりますのでご注意ください。
土地が共有である場合、どんなことが起こり得るのか?
土地が相続人全員の共有となっていると、共有者のそれぞれが、土地の全部についてその持ち分に応じた使用ができることになります。また、共有物(土地)に変更を加える(=転用する)には他の共有者全員の同意を得なければなりません。
法定相続分で共有のまま相続登記をした場合、または遺産分割協議や相続登記を放置した場合、時間の経過とともに共有者が亡くなっていくため、相続人の数が増えることになります。相続人(共有者)の数が増えれば増えるほど、土地の変更や処分が困難になっていきます。
土地の権利関係が複雑にならないよう、相続手続き・相続登記は早めに済ませておくことが重要です。できれば、共有の状態は避ける方がよいでしょう。
転用行為の妨げになる権利を有する者の同意とは
さて、所有権のお話はこれくらいにして、ここからはそれ以外の土地に関する権利について、気をつけるべき点をご説明したいと思います。ご質問いただいました抵当権のお話の前に、農地転用の一般基準にある「転用行為の妨げになる権利」についてです。
農地法第3条第1項に掲げられている権利とは?
農地転用の許可基準には「立地基準」と「一般基準」があることはご存じかもしれませんが、一般基準の中に「転用行為の妨げになる権利」を有する者の同意を得ているか、という項目があります。
自治体の手引きやHPをみると、抵当権を「転用行為の妨げになる権利」に入れて説明がされていることがありますが、これは間違った理解になります。抵当権の設定はあくまでも民間人同士の法律関係ですので、これは行政法である農地法の処分に影響を与えません。
「転用行為の妨げとなる権利」とは、農地法第3条第1項に掲げられる権利のことで、具体的には、所有権、地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権などのことを指すものです。
この規定は、主に農地を借りて耕作している方(小作人)の権利を守るためのものであり、抵当権者の保護のためにあるものではありません。
もちろん、所有者と抵当権者の間では、転用などの行為をするときには同意が必要だとする契約が多いことでしょう。しかし、本来は農地転用許可の一般基準には無関係なものだと考えます。
抵当権が設定されている場合の対処
とはいえ、役所としては、農地転用の許可を出した後に、抵当権者との間でトラブルがあったりすると面倒です。ですので、実際の申請の際には、抵当権者の同意があるかどうかを確認されることはあります。
もちろん、現実として抵当権者の意向を無視して、転用事業を進めていくことには無理があるのかもしれません。役所の指導に協力できるのであれば、協力するのに越したことはないでしょう。
相続手続き、農地転用手続きのご相談は当事務所へ
農地転用の手続きを進めようとする際には、原則として、登記簿上の名義人と実際の所有者が一致している必要があります。そのため、遺言による相続は別として、少なくとも遺産分割協議が成立している必要があります。相続登記まで終わっていれば更によいでしょう。
相続登記は令和6年4月1日から義務となり、罰則規定も適用されます。相続登記は、司法書士業務ですので、私がお引き受けすることはできませんが、その他の手続きについては対応可能です。ご依頼いただければ、迅速に業務を遂行し、転用事業の完了までしっかりとサポートさせていただきます。