農地に工場を設置する際には様々な法規制をクリアする必要があり、農地転用の手続きのみで完結することはまずありません。都市計画法による土地の造成に対する規制や建築基準法による建築物に対する規制がその代表といえるでしょう。
また、工場誘致に積極的な自治体がある一方、都市部の自治体では住民の反対などの理由から、工場の設置に消極的なところもあります。自治体自らが工業団地を造成している地域もあれば、条例を制定し、工場の設置を認可制としている地域もあります。
言うまでもなく、工場の設置には周辺の生活環境の悪化のリスクが伴います。そのため、騒音・振動・悪臭などの環境負荷に対しても、それを最小限に抑えるための法規制がかかります。また、有害物質の管理や廃棄物の処理などについても、法令による適正な管理が求められます。
この記事では、農地を転用して工場を設置するための代表的な手続きについて、その概要を解説しています。具体的には、農地転用、開発許可、建築確認、工場立地法に基づく手続き、その他の条例による手続きについての解説です。
工場の敷地として土地を利用する場合には、他の用途として利用するよりも広い面積を必要とすることが多いです。また、周辺環境への負荷を最小限に抑える必要があります。読者の皆様におかれましては、この2点を頭に入れながら読み進めていただければ幸いです。
目次
工場の敷地とするための農地転用と開発許可
農地に工場を設置する場合、当然のことながら農地転用の手続きは必要です。市街化区域での転用は届出となり、それ以外の区域では許可申請という手続きになります。また、工場は広い敷地を必要とするため、都市計画法に基づく手続きも必要となることが多いでしょう。
面積の大きい農地の転用は農林水産大臣が関与
農地を工場の敷地として利用しようとする際には、事前に農地法による農地転用の許可申請が必要です。そして、法律上、農地転用の許可を決裁するのは都道府県知事の権限とされています。(市町村への権限移譲がされているケースもあります。)
ただし、4ha(40,000㎡)を超えるような広大な農地を転用するには、知事や市町村の農業委員会の一存では許可をすることができず、農林水産大臣の関与が必要とされています。福島県を例に挙げれば、知事は東北農政局と協議をしなければなりません。
実際に、自治体が主体となって工業団地を開発しようとした場合に、国との協議が2~3年かかったという事例も報告されています。特に市街化調整区域内の優良農地や農用地区域内農地(青地農地)の大規模開発には時間がかかるようです。
企業の誘致により地域経済の活性化を図る自治体と優良農地を保全しようとする国の農業政策との調整は、一筋縄ではいかないのだろうと推測されます。そもそも、青地農地の転用は、農振除外の申出が認容されてからの転用申請になるので、通常でも1年ほどの時間はかかります。
一定規模の土地の造成には開発許可が必要
さらに、一定規模以上の土地について開発行為を行う場合には、農地転用の申請の他に開発許可の申請も必要です。工場を設置するための土地の造成は、開発行為に該当するため、次に掲げる面積に該当する場合には、原則として、都市計画法に基づく開発許可を受けなければなりません。
区域区分 | 許可が必要となる面積 |
---|---|
市街化区域 | 1,000㎡以上または500㎡以上 |
市街化調整区域 | 面積にかかわらずすべて |
非線引き都市計画区域、準都市計画区域 | 3,000㎡以上 |
都市計画区域及び準都市計画区域外 | 10,000㎡以上 |
既存の工場跡地に工場を新設する場合を別として、都市計画区域内では開発許可の申請が必要となることが多いでしょう。また、市街化調整区域においては、都市計画法第34条に限定列挙されているもの以外は、建築物が建てられません。この区域で工場を設置するのはかなり難しいといえます。
工場を設置できる区域は都市計画法で定められている
ところで、都市計画区域内において工場を設置するにあたっては、用途地域の指定による立地の制限にも注意しなければなりません。生活環境に大きな影響を及ぼす可能性のある工場の立地は、住宅や事務所、店舗などに比べて限定されています。
都市計画区域と用途地域について解説
都市計画においては、土地利用に計画性を与え、適正な制限のもとに土地の合理的な利用を図ることが重要です。そのため、都市計画法では、都市計画区域内の土地をどのような用途に利用すべきかを定め、建築物の用途、容積、構造などについて一定の規制を加えています。
都市計画法第8条第1項によれば、市町村長は、都市計画区域内の都市計画に次の13の用途地域を定めることができるとされています。
住居系の用途地域
第1種低層住居専用地域 | 第2種低層住居専用地域 | 第1種中高層住居専用地域 | 第2種中高層住居専用地域 |
第1種住居地域 | 第2種住居地域 | 準住居地域 | 田園住居地域 |
商業系の用途地域
近隣商業地域 | 商業地域 |
工業系の用途地域
準工業地域 | 工業地域 | 工業専用地域 |
ご覧のとおり、用途地域は住居系の用途地域と商業系の用途地域、そして工業系の用途地域に大別することができます。そして、それぞれの用途地域において、建築基準法の規定により、建築物の用途、容積率、建ぺい率などの建築に関する規制がかけられています。
工場が設置できる用途地域について確認
基本的な考え方としては、工場を設置できる用途地域は、準工業地域・工業地域・工業専用地域となります。例えば、住宅が建築できない用途地域は工業専用地域のみですので、工場の立地にはより強い制限がかかっているといえます。
とはいえ、危険性や環境負荷の小さい工場については、以下のように住居系や商業系の用途地域でも設置が認められる場合があります。
まず、危険性や環境を悪化させるおそれが非常に少ない工場については、作業場の床面積が50㎡以下の場合には、第1種住居・第2種住居・準住居・田園住居・近隣商業・商業の各用途地域でも設置が可能です。
次に、作業場の床面積が50㎡を超える場合でも、床面積が150㎡以下で、かつ危険性や環境を悪化させるおそれが少ない工場であれば、近隣商業地域・商業地域であっても、工業系の用途地域に加えて、設置可能とされています。
ただし、床面積などの他に、原動機や作業内容による制限もありますので役所の担当部署に確認する必要があるでしょう。建築物の用途制限の全般的な概要は、次の資料(東京都都市整備局のHPより引用)を参照してください。
(※クリックで拡大表示)
工場の設置と建築確認申請の手続き
さて、立地に関する農地法や都市計画法の規制をクリアした後に必要なのが、工場の建物が法律で定められた基準を充たしているかどうかの確認です。建築主(工場を建てる事業者)は、建築基準法の規定に従って、建築確認申請の手続きを実施しなければなりません。
建築確認申請の制度について解説
建築主は工事の着工前に、その設計が建築基準関係の規定に適合するものであるとの確認を受けるために、建築主事に対して、確認申請書と設計図書などの添付書類を提出しなければなりません。
これに対して、建築主事は一定の期間内に審査を行い、建築基準関係の規定に適合することを認めたときは、確認済証を交付します。この制度を建築確認申請と呼んでいます。
建築主事とは、建築物や工作物の設計の確認と検査に関する事務を行うために、都道府県や特定の市町村に置かれる独立の行政機関のことです。なお、この建築主事の業務については、国土交通大臣などが指定した指定確認審査機関が行うことも可能となっています。
建築確認申請を必要とする建築物や工作物
建築基準法第6条1項によれば、建築確認申請は次の1号から4号で規定する一定の範囲を超える用途、構造、規模の建築物の建築など(新築・増築・改築・移転)を行う場合に必要とされています。
1.別表第1(い)欄に掲げる用途に供する特殊建築物で、その用途に供する部分の床面積の合計が200㎡を超えるもの
2.木造の建築物で3以上の階数を有し、または延べ面積が500㎡、高さが13m若しくは軒の高さが9mを超えるもの
3.木造以外の建築物で2以上の階数を有し、または延べ面積が200㎡を超えるもの
4.上記1~3以外で、都市計画区域内、準都市計画区域内、都道府県知事が関係市町村の意見を聴いて指定する区域内での建築物
工場は建築基準法別表1で定められている特殊建築物ですので、工場として使用される部分の床面積が200㎡を超える場合には、法第6条1項1号に該当します。そのため、都市計画区域の内外にかかわらず、建築確認申請が必要となります。また、エレベーターなどの建築設備や高さ6mを超える煙突などの工作物を建築するような場合にも同様の手続きが求められます。
※ 令和7年4月より、建築基準法が改正され、建築確認の対象となる建築物の規模等の見直しが行われる予定です。これにより木造の建築物についても、木造以外の建築物と同様に、2階建て以上または200㎡を超えるものについては、建築確認が必要になります。
建築確認申請の手続きの流れ
工場の操業が可能になるまでの、建築確認申請と検査の流れは次のようになります。繰り返しになりますが、建築主事に対して行うべき手続きについては、指定確認検査機関に対して行うことができます。
事業者(建築主) | 建築主事 |
---|---|
1.建築計画の作成 | |
2.建築確認申請 | 3.建築確認の審査(確認済証の交付) |
4.建築着工 | 5.中間検査(中間検査合格証交付) |
6.竣工 | 7.完了検査(検査済証の交付) |
8.操業開始 |
工場立地法及び福島県工業開発条例に基づく手続き
最後に、生活環境の保全のために求められている手続きについて、2つほどご案内したいと思います。具体的には、工場立地法という国の法律による届出と、福島県工業開発条例に基づく届出です。
冒頭で述べたように、都市部では、工場の設置を認可制としている自治体もあります。しかし、国としては工場を設置すること自体に許可が必要だという定めはありません。その代わりに、工場立地法も含めた様々な法規制によって、環境の保全を図っているということになります。
工場立地法の概要と届出の義務
工場立地法は、工場立地が環境の保全を図りつつ適正に行われるように導き、その結果、国民経済の健全な発展と国民の福祉の向上に寄与することを目的とする法律です。
この法律では、製造業を営む工場で、その敷地面積が9,000㎡以上または建築面積が3,000㎡以上のものを特定工場とし、①生産施設を増設するとき、②敷地面積が増加または減少するとき、③緑地などの環境施設面積が減少するときに事前の届出を義務づけています。この届出は、工事着工の90日前までに行うこととされています。
国は、工場の敷地面積に対する生産施設の面積や緑地などの面積の割合を定めた準則を公表し、特定工場を設置する事業者に対して、この準則を守るように義務づけています。そして、届出の内容が準則に適合しない場合には、都道府県知事や市長などから勧告や変更命令が行われるように制度が設計されています。
福島県工業開発条例の概要と届出の義務
福島県工業開発条例とは、適正な工場立地を推進するために必要な措置を明らかにするために定められたものです。福島県では、この条例に基づく手続きなどによって、生活環境の保全を図ろうとしていることが分かります。
この条例では、①敷地面積1,000㎡以上の工場で、新設または増設を行うとき、②生産設備を300㎡以上増設するとき、③増設する生産施設面積が増設前の生産施設面積の20%を超えるときに事前の届出を義務づけています。この届出についても、工事着工の90日前までに行います。
この届出では、主に次の2点についての内容の確認や調整が行われます。
- 工場の土地利用計画が、農地法・森林法・都市計画法などによる規制と整合性があるか。(必要な手続きを行っているか。)
- 大気汚染、水質汚濁、騒音・振動の防止措置や廃棄物の適正処理が担保されているか。
工場立地法による手続きと福島県工業開発条例による手続きは、双方とも提出は市町村ですが、手続き自体は独立した別個のものです。そのため、どちらかの手続きをしたからといって、他の手続きが免除されるわけではないことには注意が必要です。
なお、工場立地法及び福島県工業開発条例については、郡山市の工場立地法及び福島県工業開発条例に基づく届出のご案内を参考にさせていただきました。
農地に工場を設置したいとお考えの方へ
事業者が自ら土地を探して工場を設置するためには、まずは、農地法や都市計画法などによる土地の利用に対する規制をクリアする必要があります。そして、建築基準法の規定に適合した建物としなければならず、さらには環境の保全の観点からの規制もクリアしなければなりません。
工場を設置するには、建築の専門家や環境評価の専門家など様々な専門家の知識と経験の結集が必要です。私は、土地利用規制の専門家である行政書士として、事業者の皆様と行政、そして専門家の皆様と行政をつなぐ役割を果たしていきたいと考えています。